Ichthus School of English イクサス通訳スクール

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Lesson 11 - レクチャー編

日本の通訳事情、そして通訳者に求められるもの

 

私は11年前に現在のイクサス通訳スクールの母体となる小さなスクールを開きました。動機は「起業」という生臭いものではなく、「教育」にあります。それは現在も全く変わりません。それまで、私は大学の教員として(また会議通訳者として) 勤めてきて、日本の教育制度の歪 (ひず) みと日本の通訳需要の限定性をまざまざと実感しています。教育は、通訳教育も例外ではありません。

 

日本の教育と書きましたが、このように書くのは、私が欧米の大学で実際に教えてきた経験によるところが大です。当然全てのことが欧米において優れているとは言えないのは承知の上です。しかし、私は、文科省が監督・管轄するこの国の現在の教育は痛ましいほど教育の体 (たい)をなしていない、と思っています。例証すれば綿々と文章を続けることになりますので、この小文では触れません。

 

通訳教育に限って述べても、日本の通訳の訓練生 が気づいていない点が沢山あるように思えます。そもそも「通訳トレーニング」「通訳レッスン」という言葉から連想されるのは、「訳す」という「実践」部分だけです。英語や日本語の音声を聞いて、それを日本語や英語に「訳す」というトレーニングやレッスンです。もちろんそういう語学ベースの練習も不可欠であることは確かです。しかし、その部分だけが強調されすぎていて、平易に言えば、「通訳の仕組み」に関する「理論面」が欠落している通訳コースが日本のスクールには多すぎるというのが私の見解です

 

また教授者の個人的な「経験」だけに基づいて学生を指導するというのも学問的な根拠に欠け、普遍性に疑問が生じます。「私のようにすればできるようになる」、という理屈はあまりにも短絡すぎるのです。

 

「実践でいいじゃないか。大学の授業じゃあるまいし」という声が聞こえてきます。実際そのように言われた経験もあります。「日本は日本なんだから、日本のやり方でいいではないか」と反論した方もいます。

 

それでも「訳す」という実践だけを推し進めるやり方は、国を問わず、通訳学 (interpreting studies) の観点から見れば、間違っています。民間のスクールは当然、大学ではありません。しかし、通訳を学ぶというプロセスにおいては、「大学の授業並みの基礎理論」は教えるべきだと私は考えます。こういう信念から私はイクサス通訳スクールを開校し、現在に至っています。

 

日本の大学や大学院では通訳クラスや通訳課程 (修士課程) が、一昔前からは想像できないくらいの数で、数多く設けられています。大変充実したカリキュラムを持つ大学院も存在しています。

 

大学で学ぶメリットは、なんと言っても通訳理論と実践の両方を学べることです。通訳学校はとにかく商業的に「儲け」を出すのが目的ですから、受講生が納得しやすい実践だけを重視します。そしてほとんどの指導者は自分で通訳の実演をしてモデルを提供しません。

 

一方、大学院は研究者タイプの人たちが入ってくるアカデミアの世界なので、通訳理論や関連する言語学理論の授業があります。また、修士論文を書くために自分の関心のある研究に取り組む必要もあります。しかしながら、こういう一見遠回りに思える過程こそが学生の知識の幅を広げていきます。

 

しかし大学は通訳エージェンシーではないため、通訳者として仕事を得られる職業斡旋はしません。私が指導していた学生たちの中には、企業に就職して業務の一環として通訳や翻訳をする仕事についた者もいましたし、英語力を生かせる海外事業部などに入った者もいました。日本ではこのように通訳需要は限定されています

 

これはひとえに日本の国情による結果です。つまり、アメリカやヨーロッパのように高度に訓練された会議通訳者が高い報酬を取れる国際レベルの機関・組織がないのです。したがって、街の通訳スクールと直結しているエージェンシーに登録して会議通訳者として通訳の仕事をするか、企業内で通訳をするかという選択肢くらいしか、一般的にはないわけです。省庁の事務官となり省庁付きの通訳者として働くこともできますが、通訳業務としては企業通訳者とあまり変わりはありません。もっとも通訳業務によっては、企業や省庁でも、プロの会議通訳者並みの通訳技能を要する仕事をされている方々がいることは事実です。

 

ヨーロッパを見ますと、たとえば、欧州委員会 (EC)にはキャリア用のウエブサイトがあります。ご覧なった方は少ないでしょう。ECでも、常駐の通訳者とフリーランスの通訳者を募集しています。

 

EC ウエブサイト

⏩ https://ec.europa.eu/info/jobs-european-commission/working-eu/interpreters-recruitment-european-commission_en

 

ニューヨークにある国際連合という組織ではどうでしょうか。ウエブサイトを覗いてみてください。

 

国連ウエブサイト

https://careers.un.org/lbw/home.aspx?viewtype=LCEFD&FId=2#:~:text=A%20team%20for%20a%20six-language%20meeting%20requires%2014,of%20one%20official%20language%20of%20the%20United%20Nations.

 

国連で働いている会議通訳者 (同時通訳者)が登場します。

ビデオをご覧ください。⏩

 

この通訳者は、" An interpreter is first and foremost a linguist. (通訳者は何よりもまず言語学者―言葉の達人です)” と言って、 “Interpretation is a job. It's a discipline. It's an art. (通訳とは仕事であり、訓練であり、技能です) "と結んでいます。全く同感です。

 

国連の通訳者のキャリアサイトにはこう書かれています。

 

「国連で働く通訳者は、数多くの問題を認識し、理解し、そして瞬時に他の言語に転換できなければなりません。通訳する対象は、政治、法律、経済・社会問題、人権、財務、行政など多岐にわたります。会議での通訳は、通訳者の職務の中でもひときわ注目されるものです。代表者が2カ国語以上で発言する内容のほとんどに対応できるよう、通訳者は言語能力の維持・向上と時事問題の新たな展開が認識できるよう準備に多大な時間を費やしています」

 

このような大掛かりな国際組織・機関で会議通訳者として任務を果たすためには、縦のものを横にするようにただ機械的に「訳す」という転換練習の実践だけでは不十分すぎることはお分かりいただけるでしょう。A linguist として言語学関連の理論認識が不可欠なのです

 

日本では通訳の現場では圧倒的に女性が目立ちます。実際女性通訳者の数は、男性通訳者の数とは比較にならないくらい多いのです。しかし、有能な男性通訳者たちももちろんいます。

 

あえて私は男性で、優れた学者であり、優秀な通訳者であった方たちの名前をあげておきます。「誰々という有名人たちの通訳をしたから私は有名な通訳者なのよ」というような浅はかなイメージを醸し出したいような人たちとは本質的に違います。

 

船山仲他氏、近藤正臣氏、藤崎恵氏 (故人) などは理論と実践を兼ね備えた、いわば「文武両道」の先輩通訳者であったと言えます。私との共通点は、昔はエージェンシーの通訳者であり、その後に大学で教鞭をとられるようになった点です。

 

 

お亡くなりになった藤崎氏は、(本人の許可なく詳細を書くのは無礼だと思いますので書きませんが)、特に私が通訳者時代には実に多くのことを教えていただいた私の先輩であり、私の数少ない友人でした。今でも振り返って、藤崎さんの見事な通訳を思い起こせば、常に謙虚な姿勢を保つことができます。

 

幸いなことに、上にあげた先生たちに習った後に、イクサスに来てくれている受講生もいます。そういう受講生に出会うと私は先人との「つながり」のようなものを感じます。

 

たとえ日本で学んでいても、日本のやり方でいいわけではないのです。大学でなくても、理論を知らずに「訳出」だけの練習をしていていいわけはないのです。

 

An interpreter is first and foremost a linguist. (通訳者は何よりもまず言語学者―言葉の達人です)。 “Interpretation is a job. It's a discipline. It's an art. (通訳とは仕事であり、訓練であり、技能なのです) "

― 国連の通訳者のこの言葉でもって今回は結びます。

- Jay Hirota (つづく)

 

日本人のための通訳レッスン(レクチャー編) Lesson 10

 

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