Ichthus School of English イクサス通訳スクール

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Lesson 7

 

今回がいよいよ最終回です。

 

前回書きましたように、今日は動機づけについてお話します。

 

最終回に動機づけを選びましたのは、企業で通訳をしていて伸び悩みを感じている方の中に、もともと通訳の仕事を始めた動機が「不純だった」とか「弱かった」という旨のことを言う人たちがおられるからです。

 

動機づけについて考えていきます。

 

動機づけ (motivation)とは、人が目的や目標に向かって行動を起こし、それが達成されるまで持続する心理的なプロセスを表す心理学の用語です。

 

モチベーションにつながる要因は、大きく分けて2種類あります。人の内的欲求と、外的要因である「誘因 (incentive)」です。

 

「動機」と「誘因」の違いは、行動を引き起こす要因やプロセスにあります。動機とは行動を引き起こす要因そのものを指し、「誘因」とはある要因がきっかけとなって行動を引き起こし、持続させる心理的プロセスをいいます。

 

A financial incentive で通訳という仕事をしようと思った、と言えば、金銭的な誘因です。お金を稼げるという考えが引き金になったということです。

 

さて、動機づけには2種類あります。内発的動機づけ (intrinsic motivation)と外発的動機づけ (extrinsic motivation)です。

 

内発的動機づけとは、物事に興味を持ってやる気になる。達成感や満足感、充実感を得たい、という人の内面的な要因が動機となるものです。

 

一方、外発的動機づけとは、強制、罰、評価、報酬などの要因によって動機づけられることです。

 

どちらにも利点と欠点がありますが、簡単に言えば、内的動機づけの欠点は、本人の興味・関心がないと動機づけが難しいことと、効果が表れるまでに時間がかかることが多くあることです。

 

次のAさんとBさんの違いがわかりますか?

 

Aさんは、通訳者、特に同時通訳者、と呼ばれたいので通訳スクールに通学し始めた。

 

Bさんは、通訳という仕事がしたいので通訳スクールに通学し始めた。

 

Aさんタイプの人とBさんタイプと人をプロファイリングしてみますと、こうなります。

 

Aさん型は、「注目されたい」「有名になりたい」「優れ者に見られたい」という虚栄心 (vanity) にエゴが膨らんでいる人たちです。ですから、同時通訳者という呼称にこだわります。単なる通訳者というよりも、同時通訳者というほうが立派に見えるという他者を意識した思い込みがあるからです。

 

「○○○から同時通訳者になった」(通訳者ではなく、必ず同時通訳者)というようなタイトルでいろいろと本が出版されています。○○○の部分は、成績が悪かったとか、学校に行かなかったとか、そういうマイナス要因があったにもかかわらず、という定型になっています。マイナス要因の克服譚 (たん) に読者は惹かれるであろう、という前提で人の心理の働きに訴えかけるのが出版社の狙いでしょう。

 

タイトルから読み取れることは、出版社のこれなら「売れる」という思惑と、通訳事情をよく知らない読者の「虚栄心 (vanity)」をくすぐろうという目論見です。Vanity には「虚しい」という意味がありますが、私はそこはかとなく虚しさを感じます。

 

そもそも、「同時通訳」というのは、通訳の方法であり、それだけを職業にしている通訳者はまずいません。少なくとも私の知る限り。逐次通訳、同時通訳という通訳方法を高度なレベルで用いて通訳を行うプロ通訳者を会議通訳者 (a conference interpreter) と呼びます。

 

Aさん型の動機づけは脆弱です。「注目されなければ」「有名になれなければ」「優れ者と見られなければ」さっさと辞める傾向が強いでしょう。あくまで傾向ですが。動機は、自分に注がれる、「あの人ってすごい!」という「他者の目線」だからです。

 

ところが一方、ひたすら「通訳の仕事がしたい」というBさん型の動機の方が健全であり、強いのです。通訳に興味を持ってやる気になっていて、通訳という仕事から達成感や満足感、充実感を得たいと思っているからです。

 

そもそも通訳という仕事は「必要悪 (a necessary evil)」なのです。本来であれば、通訳者を介さずに、当事者同士がコミュニケーションを図るのがいちばん効果的であることは想像に難くありません。

 

A necessary evil の定義は、something that should not be there, but is unavoidably neededというもので、「ない方が良いがやむを得ず必要とされるもの」となっています。

 

An evil という言い方が悪ければ、An interpreter is an unsung hero. とでも言いましょう。「陰の英雄」、日本的に言えば、「縁の下の力持ち」です。注目や脚光を浴びないのが、かの生業 (なりわい) の本分なのです。

 

世阿弥ではありませんが、「秘すれば花」です。

 

秘すれば花なり。 秘せずは花なるべからず ( If it is hidden, it is the Flower; if it is not hidden, it is not the Flower)。

 

私の通訳美学はこの言葉に尽きます。

 

花 (the Flower) は自分の精神の花として内面に咲けばいいのです。

 

他人がいくらその花を愛でてくれようと、もし自分が未だそれを愛でることが叶わず、それが故に「悩める」通訳者であるならば、あなたは本物なのです。大いに悩めばいいのです。

 

心理学者のエドワード・デシ (Edward L. Deci) 教授は、その著書、Why We Do What We Do: Understanding Self-Motivation  (Penguin) の中でこういう趣旨のことを書いています。

 

達成感、充実感といった内発的な動機づけの方が、外発的な動機づけよりも、モーティベーションを持続させる効果が高いとして、

 

「人は、外的要因によって強制的に行動を取らされるのではなく、自分で行動を選択したと感じ、行動を開始する原因が外的ではなく内的であると信じる必要がある

 

 

 

通訳者として、人それぞれ立場はちがえども、通訳という仕事が好きだからこそ続ける、という素朴すぎる思いこそが大事である、と意訳できます。加えて、「好きという思い」に理屈づけはいらないのです。

 

そしてその素朴な思いが強くあればあるほど、出くわす悩みや問題を、建設的に解決する方途は、必ず見出せると私は信じています。

 

この連載で私が書き綴ってきたことが、多少なりとも、「悩める」通訳者である真摯に真面目な方たちの役に立てば幸いです。

 

 

「悩める」企業通訳者のための通訳レッスン Lesson 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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