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Lesson 2- レクシャー編

リテンション

 

* これは以前に掲載した原稿に大幅に加筆して、新しくしました。この連載の後の「実践編」には、具体的な通訳練習の方法を新たに書いていきますので、まずは「レクチャー編」からどうぞ。

 

逐次通訳や同時通訳を成功させるには、いくつかの技能が必要になりますが、「記憶 (retain)」するというスキルに磨きをかせることがとりわけ大切です。記憶は大きく2つに分けると、「長期記憶 (long-term memory)」と「短期記憶 (short-term memory)」に分けられます。

 

通訳をする際には、おもに短期記憶(STM)を活用します。これは、文字どおり短期的に保持 (retention)される記憶のことで、 感覚器官が受け取った刺激 (通訳の場合は音声刺激) に意識が向けられることにより記憶が保持されるのです。その持続時間は数十秒から数時間、数ヶ月と幅があるものの、ふつう短いものです。

 

通訳のトレーニングでは、記憶の保持を表すのに「リテンション (retention) 」という用語が使われていますが、「保持」とは、心理学で、記憶痕跡が存続していることを指します。

 

私がむかし、* モントレー国際大学院 (現ミドルベリー国際大学院) で通訳の訓練を受けていた時、徹底的にこのリテンション能力を鍛える訓練を受けました。授業では、まずは5分から10分ほどのスピーチを聞かされ、そのスピーチの 要旨 (gist) を発表します。

 

次の段階では、スピーカーの発話を聴きながら、その「話の論理」、平たく言えば、「話の筋道」を頭の中で追っていき、まとめる作業が要求されます。発話を聴いている間は、一切メモを取ることは許されません。

 

積極的に話を聴く能力を鍛えるためです。数ヶ月間、このトレーニングが続きます。大変骨の折れる訓練ですが、そのおかげで、スピーカーの発言を「記憶」する力は飛躍的に伸びた、という実感が私にはありました。

 

 

「聴く」という作業は、とかく消極的な行為のように思われがちですが、少なくとも通訳をするときは、積極的な行為でなければなりません

 

通訳トレーニングにおいて、いかに短期記憶を強化するか ― そのカギとなるのは、聴き方にあります。漫然と聞いていたのでは、眠気が生じるだけで、聞いた発言を記憶する能力は向上しません。そんな聞き方は時間のムダです。

 

音声を受身的に「聞く (hearing) 」段階から、話の内容を「聴く (listening)」段階へとレベルを上げる必要があります。つまり話を聴きながら、頭の中でそのスピーカーの発言を論理的に分析していくのです。

 

例えば、

 

交渉の通訳をしていて、この発話者は、なぜ impediment (障害) という言葉を使うのか。なぜ barrier (障壁) という言葉を避けているのか。

 

なぜここで問題になっている障害を説明するのに、こんな比喩を、こんな例を使っているのか。

 

などと考えながら聴きます。このような積極的な聴き方 (active listening) を常にしていれば、話の内容は「保持」しやすくなります

 

積極的に発話を聴く能力を伸ばすことに関心のある方は、英語を使用しなくても、日本語の発話の録音を使って同じ訓練ができます。リテンションを高める訓練がなかなか続けられない場合、やり方に問題があるはずです

 

ただただ、がむしゃらに聞こえてくる話を覚え込もうとしても、記憶を再生することは難しいのです。リテンションの練習は、短い発言の細部まで注意を払い、積極的に内容を考えながら、聴いた発話を頭の中で再生する練習であるべきです

 

 

 

最初は難しい内容の発言を使用する必要はなく、やさしい発言から始めるといいでしょう。ただし、継続して練習を行う。そしてせめて5分ほどの発言ならば、正確に再生できるようになるまで練習を続けることが大切です。

 

通訳トレーニングの中のこのリテンション練習の段階で、すでに挫折してしまう人が多いのは残念なことです

 

次にお話する通訳メモを正確に取るためには、聴いた話を「保持」する力が前提となります。どんな言語であろうと、覚えていない話を通訳することができないのは当然なのです

 

この段階を軽視すれば、悪気や作意はなくても、往々にしてウソの通訳をすることになります。An Interpreter (通訳者) ではなく、コミュニケーションの an interrupter (妨害者) が誕生する悲劇が起こります。

 

私は逐次通訳にしろ、同時通訳にしろ、通訳という仕事を終えれば、「脳が乾く」という感覚におそわれます。それは、自分の脳を日常のコミュニケーションを図る時よりも数十倍アクティブに使った結果なのだと思います。

 

具体的な練習方法は「実践編」で詳しくご紹介します。次回は通訳メモ (Note-making) について書きます。(つづく)

 

注:モントレー国際大学院大学(MIIS)は、1955年に設立されたカリフォルニア州モントレーにある私立大学院。当初は国際理解を深めることを目的としていた。

在校生の半数が留学生、米国人学生の9割が海外経験者、そして教員の半数が海外から招聘されている。2009年、ミドルベリー大学とモントレー国際大学院は完全に統合された。

 

日本人のための通訳レッスン Lesson 1

 

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