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Lesson 3 –レクチャー編

通訳メモ

 

* これは以前に掲載した原稿に大幅に加筆して、新しくしました。この連載の後の「実践編」には、具体的な通訳練習の方法を新たに書いていきますので、まずは「レクチャー編」からどうぞ。

 

前回は、リテンション (記憶保持) について書きました。通訳という作業を正確に行うためには、スピーカーの発言の「記憶」が正確でなくてはならない、という趣旨を強調しました。これはどれほど強調してもいいと思っています。

 

メモの取り方をどうこう言う前に、「記憶保持」、つまり、「リテンション能力」を高めることが何よりも肝要だからです。今回のレクチャーは通訳メモですが、メモ (notes)というのは、あくまで記憶を補助するものに過ぎないのです

 

スピーカーの横に座ってメモを取りながら逐次通訳していた時のこと。通訳が終わってから、スピーカーの方に、さっきは速記メモを取られていたんですか、と訊かれたことがあります。

 

速記のように見えても、通訳メモは決して速記ではありません。速記文字は解読に時間がかかり過ぎ、即時の反応が求められる通訳には向きません。

 

 

速記文字

 

 

通訳者によって、メモの取り方は人によって様々です。こう取らなければいけないという決まり事はありません。要するに、メモを見て通訳者が瞬時に「解読」できればいいのです。極端に言えば、別に文字を書く必要はなく、絵でも印でも記号でも、何でもかまいません。他人が見てわかる必要がないからです。

 

私は、note-taking (情報の書き留め) と note-making (情報の整理) をスクールのトレーニングでは区別しています。まずは発言者の述べた情報を、紙の上に書き留める練習から始めます。すべての情報を記録することはできませんし、その必要もありません。記憶を呼び起こす「きっかけ」を作っておけばそれでいいのです。

 

例えば、スピーカが開口一番、 “I’m very pleased to have the opportunity to speak in front of such a large audience.”と言ったのを聞いて、メモには 「❤️ 」を描くだけで、冒頭のこの文を含む一区切りの発言が終われば、通訳の出だしで、

「このように大勢の方の前でお話をする機会を頂き、大変嬉しく思っております」

と日本語で伝えることができればいいわけです。❤️ を見て記憶にあるメッセージを正確に瞬時に思い出せれば通訳できます。

 

そこそこの長さがあり、少し複雑な内容の発言に対処するには、note-making 、つまり、聞いた発言の中に含まれる複数の情報を整理することが必要になります

 

発言は音声である以上、パラグラフがメモの上に浮き出てくるわけはないので、通訳者は発言を聴きながら、情報を分けてメモに書きつけます。したがって、note-making するには、note-taking するときよりも、発言に対する論理分析 (logical analysis) が要ります。つまり、通訳者が発言を聴きながら、訳出のためにメモの上で情報をわかりやすく分けて整理する作業です。

 

下の写真の私のメモには、4つの情報のかたまりの「区切り」があります。繰り返しになってクドいようですが、note-making もあくまで「記憶」を喚起させる助けでしかありません。

 

筆者のメモ

 

これは、私の通訳のレッスンで受講生が「通訳メモ」を理解するのに役立つように取ったメモで、実際私が通訳をするときのメモよりも、情報は多く書いています。

 

レッスンでは、時々、受講生に私の通訳メモを見てもらうことがあります。メモを見ながら、発言を聴いてもらい、その後すぐに私の逐次通訳を聴いてもらいます。そうすることで、他人のメモとは言え、通訳メモのイメージがわかります。

 

私が見せるメモがお手本、というわけではなく、受講生にはひとつのサンプルと伝えています。メモの取り方にルールはありませんし、自分の記憶をよみがえらせるきっかになればそれでいいのです。

 

私は2種類のメモの取り方をします。ここでお見せしたのは、英語の発言を聞けば、メモは英文字だけで取るやり方です。日本文字との混合型もありますが、英語の発言の場合、英文字で統一する方が取りやすいような気がします。

 

私の場合、英語を聞いて日本語をメモに書くときは、「訳語」がもうすでに決まっているときだけです。そして、その際通訳する時には、必ずその訳語を使います。例えば、the group of islands off eastern Hokkaido という英語の発言を聞けば、

 

北方領土

 

とメモには書き、通訳するときはそう言います。これを「北海道東沖の列島」とは通訳しません。

 

通訳者はメモを取りながら、どう通訳するかをおおむね決めていることが多いのです。少なくとも私はそうです。したがって、通訳メモに目を走らせるのは、決して「暗号解読」をしているわけではなく、メモを見ながら、記憶の中のスピーカーの発言を再生している、と言った方が正確です

 

私の教授経験から言って、多くの訓練生たちはリテンション (記憶保持)の練習を怠ります。この練習の怠りは、その後の通訳技能の向上を停止させる、と言っても言い過ぎではないのです。しかし、リテンション (記憶保持)の練習は、やる気さえあれば毎日15分間でも続けられる練習です。

 

母国語から始めればいいのです。日本語のニュースポッドキャストを使って、ニュースをひとつ聞き終われば、音声を止めて、記憶に残っている内容だけを口に出していってみます。最初は口に出せる内容は少なくても、根気よく練習を続けていけば発話できる内容は徐々に増えていきます。記憶は訓練によって鍛えられるからです

 

また、練習材料としては日本語の新聞の社説を「―です」「―ます」に置き換えて、アナウンサーが原稿を読むように、社説を音読して、それを録音しておき、リテンションの練習材料にします。このやり方のメリットは、日本語の音読の練習にもなり、自分が記憶しやすいスピードで内容を吹き込めることです。

 

1~2分の内容が正確に記憶だけを頼りに、スムースに口頭で再生できるようになるまで、とにかく毎日続けます。実は、メモを取る練習を始めるのは、それからが効果的です。

 

通訳メモは単に聞こえた単語や表現を、まるで住所や電話番号を機械的に書き留めるように、言葉を書きつける作業ではありません。聴いた発言内容の80%は記憶に留めておき、その記憶を速やかに呼び起こし、細部まで正確に口頭で再生できなければ、その次の「通訳する」というステップまでは進めません

 

[発言を聴く] → ② [記憶する]→ ③ [メモ化 (記憶した情報の整理)]→ ④ [口頭での再生]

 

この流れが停滞しないように日々練習を重ねます。メモ化 (note-making) する場合、理想的には先生のメモ化を参考にして、自分のためのメモを確立していくのがいいでしょう。多くの訓練生は、「記憶」があいまいな状態で、ただ聞こえた言葉やその断片を「書きつける」という行為に没頭するので、聞こえなくなり、同時に、メモが取れなくなるのです。これは負のループです

 

最初は、① の出発点を母語で聴きます。そして④ の「再生」も母語で行います。④の再生と① の発言内容は、もちろん同じでなといけません。そして ⑤ に「訳出」という「通訳の作業」がくるわけです。

 

多くの訓練生が、①②③④ の重要なプロセスの練習を怠って、すぐに ⑤ の通訳という練習に偏りすぎる傾向があるため、その結果、正確な通訳ができなくなるのです。①②③④ は自宅で自主トレとしてできます。

 

次回は「メモ化」の練習を補強する「要約練習」について書きます。(つづく)

 

日本人のための通訳レッスン (レクチャー編) Lesson 2

 

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