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Lesson 4―レクチャー編

要約

 

前回は、通訳メモについて書きましたが、今回はその練習をするときに効果のある「要約」練習についてのレクチャーです。

 

先に私はこう書いています。

 

聴いた発言内容の80%は記憶に留めておき、その記憶を速やかに呼び起こし、細部まで正確に口頭で再生できなければ、その次の「通訳する」というステップまでは進めません

 

[発言を聴く] → [記憶する]→ [メモ化 (記憶した情報の整理)]→ [口頭での再生]

 

多くの訓練生は、「記憶」があいまいな状態で、ただ聞こえた言葉やその断片を「書きつける」という行為に没頭するので、聞こえなくなり、同時に、メモが取れなくなるのです。これは負のループです

 

ここで話をする「要約」の練習は、③ の「メモ化 (記憶した情報の整理)」をするのに役に立ってくれます。しかし、決して通訳は要約することではありません。お間違えなく。

 

それは、相撲取りが四股 (シコ) を踏むのと似ています。四股を踏むことの効用は、下半身に体の重心を置き、鍛えにくいお尻の筋肉を動かすことができます。それに基礎代謝も上げることができて、体の中で大きい筋肉であるお尻や太ももも鍛えられます。しかし、決して相撲は四股を踏むことを競う競技ではありません。そしてついでに言えば、四股を踏んでも通訳の練習にはなりません。

 

 

通訳はとにかく話 (発言) を聴くことから始まります。そこで、私はオーデオブックのような音声コンテンツを使って、スクールの受講生にはレッスン外の課題として、日本語で短編小説の朗読を聴いて、その内容を英語で要約してもらっています。

 

課題として出しますので、聞こえてくる日本語に少し「負荷」をかけています。コンテンポラリーな日本語ではなく、大正期くらいに書かれた芥川龍之介などの本当に短い短編の朗読を使います。このあたりの作家の文章を耳で聴くと、日常的にあまり馴染みのない表現や言葉遣いがあり、前後関係から、おそらくこういう意味だろう、と推測する必要のある箇所が幾箇所か必ずあります。また、そういう「負荷」があるから「集中」して聴かないといけないので、話に普段以上に注意を払えます。

 

加えて、プロのナレーターが朗読していますので、日本語の音声化の勉強にもなるのです。日本語を話すときの抑揚や間の取り方など、日本人の通訳訓練者には大事な訓練要素が入っています。日本人だからというだけで、日本語を聴いて正確に理解できるわけではなく、正確に音声化できるわけでもありません。もしそんなふうに考えている人がいるならば、それは母国語に対して高を括り過ぎています。母語なんだからという理由だけで、高が知れたことだと、母語をあなどっている人です

 

以前に課題として、芥川龍之介の「運」という短編の朗読を、メモを取らずに2度聴いて、記憶に頼って英語で300語程度の要約をしてもらいました。すると、提出されてきた要約文を読んでみますと、幾人かの受講生の要約文は、原文からズレていました (unfaithful to the original)。つまり、話を間違って聴いていたことが判明しました。日本語で聴いた「筋」のある話でも間違って記憶してしまうことがある証拠です。誤りのある記憶を基に通訳すれば、当然間違って通訳する、すなわち「誤訳」する結果になります

 

母国語で聴いても記憶には間違った内容が残ってしまうとすれば、外国語で発話を聴けば、間違った内容の記憶が残る可能性はなお一層高くなるわけです。

 

次に、要約の仕方と日本語の短編小説の英語要約練習について書いておきます。

 

要約 (summary)というのは、小説、学術論文、映画などを「簡潔に説明する」、または「要点を短くまとめる」ことを言います。要約は、普通、数行の文から数段落までの短いものです。

 

別の言い方をすれば、要約文はハイライトリール (highlight reel) のようなものだ、と言えます。ハイライトリールとは、あるイベントやパフォーマンスの面白い部分だけを集めたビデオやオーディオクリップのことです。見どころを集め、必要でない部分は削ります。プロットに関係のない詳細には触れません。

 

要約を書く際に重要なのは、オリジナルに忠実であること (faithful to the original)で、自分の意見や偏見を含まないことです。この点は、通訳する作業と同じです

 

オーディオブック(音声コンテンツ)の上手な要約は、重要な出来事はそれぞれ数文にまとめ、伝える必要のある情報のみを書きます。そして主要な登場人物だけに言及します。細々とした細部は入れません。

 

1) コンテンツを聴く

最初のステップは、ごく当たり前のことです。音声コンテンツを集中して、注意深く聴くことです。

 

2) 主要ポイントのリストを作成する

次に、要約に盛り込むべきポイントを頭の中で押さえていき、話の「地図」を作成します。ポイントごとに、その前後の記憶がよみがえることが重要になります。幾つのポイントを入れるかは、要約とコンテンツの両方の長さによります。長くなりそうなら、優先順位の低いポイントから削っていきます。

 

3) 自分の言葉で書く

次に、思い描いた地図、アウトラインに沿って、要約の最初のドラフトを考えます。小説を要約する場合は、原則的には時系列で書くとよいでしょう

 

ここで重要なのは、自分の文章で書くことです。オリジナルの「言葉 (単語)」を使っても、引用ではなく自分なりの「文章」にするのがベストです。また、原作を聴いていない人の視点を意識しましょう。内容を理解するために必要な事柄が過不足なく、かつコンパクトに記述されている要約が良い要約です。

 

4) 読み直して不要なものを削る

最後に、校正です。要約を読み直し、間違いやあいまいな表現を修正します。短いので一語一句が重要になります。不要な情報を削除することで、要点に絞って正確に記述できます。

 

サンプルとして、芥川龍之介の短編「運」の英語要約文と訳例をつけておきます。課題は朗読を聴いてもらったわけですが、こういう近代作家の小説はインターネットで、無料で読めますので (https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/176_15165.html)、原文を読んでから要約文を読んでみてください。

課題ではYouTube の窪田等さんの朗読を使用しました。

 

[Summary]

One day, an old potter told a young samurai the following story about the gods bestowing luck:

Some decades ago, after her mother’s death, a beautiful daughter became poor, and she visited the temple to pray to the Kannon Goddess for a comfortable life. Before long, she heard in the dream what she believed was a divine message, telling her to pay attention to a man who was speaking to her on her way back.

Predictably, a man appeared and grabbed hold of her behind her back, but she accepted him without hesitation. Then, he took her into a pagoda and assaulted her. He forced her to make a promise to marry him. Though she agreed, she was terrified to discover that he was a robber. An old woman who worked for him tried to stop her from leaving, which led to a fight in which she accidentally killed her.

She fled to an acquaintance’s house with an exorbitant gift she got from the robber. After a while, as it became noisy in the neighborhood, she looked out the window to find that the robber had been arrested and had been dragged away. She instantly felt sorry for herself and sobbed when she saw it.

After the incident, she was able to continue living a comfortable life all alone. The Goddess appeared to have promised her a comfortable life but not brought her the luck to be blessed with family love. (240 words)

 

[邦訳]

或る時、老陶人が若侍に、神仏が授ける運の話をした。

幾十年前、或る器量の良い娘が母親の死後、大層生活に貧し、それで清水寺の観音様へ生活の安泰を願いに詣でた。やがて娘は夢を見て、「帰り道で、話しかけてくる男の言うことを聞くがよい」とのお告げがあったと思い込んでしまった。が、お告げ通りに男がひとり寄って来て、背後から娘を捕まえ、塔の中に連れ込み陵辱した後、夫婦になる契りを結ばせた。娘は、頷きはしたものの、男が実は泥棒だと判り、堪らなく怖くなった。塔の中で男の世話をしていた老婆が、娘が出ていくのを引き留めようとしたことから、小競り合いになり、娘は迂闊にも老婆を死なせてしまった。

娘は男から貰い受けた高価な品物を持って、そのまま知人宅へ逃げた。やがて辺りが騒がしくなったので、娘が窓の外を覗くと、かの泥棒の男が捕縛され、連れて行かれるところだった。それを見た娘は、自分が急にいじらしくなり、図らずも泣いてしまった。

その後、娘は不自由ない身の上となったものの伴侶はなかった。観音は娘に、生活の安泰は約束してやったが、家族の愛情に恵まれる運は授けてやらなかったようだ。

 

 

さて、先に述べましたように、このように耳と記憶を活用する要約練習は、通訳するときのメモ化の練習に有効です。かつ、日本語で記憶したものを英語で表現する練習は、通訳練習前の「四股踏み」になります。

 

日⇄英の通訳にたずさわる人は、母国語である日本語に関心と愛情を持っていることが上達の条件と言ってもいいでしょう。

 

言葉を「聴く」ことの楽しさをぜひ、オーデオブックで体験してみてください。私は、日本語の小説も英語の小説もアマゾンのオーディブルで毎日息抜きに楽しく聴いています。英語の小説の音声コンテンツの品揃えはAmazon Audible が群を抜いています。

 

 

 

次回はシャドーイング効果の有無についてお話します。(つづく)

 

 

日本人のための通訳レッスン (レクチャー編) Lesson 3

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