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Lesson 4 - レクチャー編

シャドーイング

 

* これは以前に掲載した原稿に大幅に加筆して、新しくしました。この連載の後の「実践編」には、具体的な通訳練習の方法を新たに書いていきます。まずは「レクチャー編から」どうぞ。

 

日本人のための通訳レッスン (レクチャー編) Lesson 1

 

 

 

私は、モントレー国際大学院 (MIIS) で本格的に通訳学を学んで以来、通訳教授理論に関心を持ってきました。大学で通訳演習の授業を持っていたおかげで、外科医学的に言えば、研究論文を読んでは、学生たちを対象にして、いろいろな術式の効果の程を試せました。

 

現在は少しずつ「通訳学 (Interpreting studies)」に対する認識が変わってきています。以前は、元大東文化大学名誉教授の* 近藤正臣氏が述べておられるように「通訳理論という言葉を使っただけでも失笑がもれるという事態」が続き、通訳学を大学教育に導入することに大きな抵抗があったのです。

 

私は科学者でもありますので、論理的な裏付けのない空理空論は信じません。そこで私の今のスクールの授業にも通訳理論に基づいて教材を作成しています。

 

通訳のトレーニングとは、単に英語を日本語に、日本語を英語に「訳させる」だけの練習であってはならないと思っています。

 

今回は、「シャドーイング」を取り上げます。

 

発話シャドーイングは1950年代後半に、音声言語知覚や吃音症の研究において使用されました。以来、第二言語習得において、リスニングやスピーキング能力を向上させる方法としも応用されるようになり、語学学習におけるシャドーイングは、聞こえてくる発話をほぼ同時に、または一定の間隔をおいて、その発話と同じ発話を口頭で再生する練習をいいます。

 

少し専門的になりますが、練習法としては4つに分けることができます。

 

1) マンブリング (Mumbling) は、聞こえてくる音をはっきり発音せず、ブツブツ 小声でつぶやく練習。

2) サイレント (Silent) は、聞こえてくる音を声に出さず 頭の中で静かに反復する練習。

3) コンテンツ (Contents) は、音声発話の意味を理解することを意識する練習。

4) プロソディ (Prosodic) は、発話の意味の解釈に注意を払う必要はなく、正確に瞬時に聞こえた「音」をできるだけ忠実に反復する練習。

 

日本でよく言われるシャドーイングとは、ふつうプロソディ・シャドーイング (prosodic shadowing) を指すことが多いのです。ちなみに、prosodic とは「音韻的な」という意味です。

 

シャドーイングの効果としては、リスニング力、復唱力、発話スピー ド、語彙力の増強があげられており、学問的にもそのメカニズ ムが明らかになってきています。

 

私自身は理論的な面では、ある程度の効果は認めますが、その効果的な実施においては懐疑的です。それはなぜかといいますと、シャドーイングに使用する肝心のマテリアル・教材についてはほとんど関心が払われておらず、学問的な研究も進んでいないからです

 

実施において重要なのは、どんな発話を練習に使用するかです。英語の発話練習に使う場合、ただ何でもいいから英語の発話の後をついて、ブツブツ声に出してみても大した効果があるものではありません。

 

知的には十分成熟した成人学習者が、小学生が喜びそうな英語発話を使って、果たしてどこまで飽きることなく練習を継続できるでしょうか。英語レベル、知的レベル、目的別に使用できるすぐれた英語シャドーイング教材は、私の知る限り、日本にはないと言い切れるほどです。ほとんどが英会話という、「おしゃべり」のために、音を発する練習用のマテリアルでしかないのが残念です。

 

さて、このシャドーイングは、同時通訳の訓練においてリテンション能力の向上のために、数秒遅れて繰り返す練習にも使用されています。第二言語習得に用いるものとは、効果が全く異なるため注意が必要です

 

 

日本では、とかく語学訓練と通訳訓練がごっちゃにされていますが、厳密にはこの2つは分けて考える必要があります。本来は、通訳訓練というものは、対象言語 (a target language) には訓練者 (trainees) はすでに精通していることが前提となります

 

しかし、日本の現状はそうではありません。ですから、多くの通訳訓練は、英語なら英語という対象言語の訓練の場となっています。これは、日本の言語事情を考えれば仕方のないことなので、イクサス通訳スクールでも英語力を向上させる練習や訓練ができる「英語スピーキング力強化 (https://ichthus.interpreter.co.jp/course/) コースを設けています。

 

話をシャドーイングに戻しますと、私は通訳トレーニングにはこの方法は採用していません。長年の経験と実験から、とりわけ同時通訳の訓練にはほとんど効果がないと判断したからです。

 

受講生からなぜですか?と尋ねられることがあります。世の中では支持者が多いからでしょう。私の理由を集約すればこうなります。

 

聞こえてくる英語音声の影(シャドウ)をほぼ同時にその後を追わせる、いわば「影追い」練習は、瞬時に発話をオウム返し (parroting) しているに過ぎません。「聞く行為」と「思考する行為」がシンクロナイズしていないことが大方です。

 

実際の同時通訳という作業には、「情報の再構築 (re-organization)」が必ず伴います。つまり「聞き取った情報を頭の中で瞬時に組み立てなおして、別の言語で再表現する」という作業が必要です。そのためには集中度のきわめて高い「思考力」が必要になるのです。

 

「影」(shadow) ではなく「実 (内容)」(substance) を追うためには、音声刺激による「思考」が不可欠です。

 

大学で通訳演習に参加していた学生たちに、実験的に数ヶ月、シャドーイングを練習させると、それは見事に影を追う学生が現れました。では、実際に彼らに同時通訳をさせるとどうかと言えば、大方はお粗末な通訳しかできません。「聞き取った情報を頭の中で瞬時に組み立てなおして、別の言語で再表現する」という能力において劣っていたからです。

 

私のこの意見に賛同する通訳者たちや通訳学の専門家たちは、実は少なくありません。アメリカで私がフリーランスの会議通訳者として仕事をしていた頃に知り合ったアメリカ人の通訳者も同意見でした。

 

彼も大学で通訳者の養成プログラムに関わっていた経験がありました。彼の言葉を今でも覚えています。

 

“Shadowing can create ‘a react fast, think later mentality - prompting snap judgments even when you defy logic.”

(シャドーイングは「とにかく反応、思考はそのあと的な心的傾向」を生み出しがちだーそのため情報のロジックを無視してでも即断してしまう

 

その趣旨は、「(通訳しながら) 聞こえた音に反応して、後先考えずに適当なことを口に出すクセが身につく」ということになります。

 

結論を言えば、プロソディ・シャドーイング (prosodic shadowing) は普段、あまり(ほとんど)英語を口にする機会がない人が、口の動きをよくする練習にはなるでしょうが、その程度の効果です。それも先に書きましたように自分に目的に適う教材を使う必要があります。シャドーイングが好きだという方は、上記の目的のために、やっても有害ではありません。

 

それでは、聞き取った情報を頭の中で瞬時に組み立てなおす効果的な練習法とは何か、という疑問がわくと思います。次回は、通訳訓練における re-organizing  練習について詳しく書きます。 (つづく)

- Jay Hirota

 

近藤正臣氏の著書

 

日本人のための通訳レッスン (レクチャー編) Lesson 4

 

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