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Lesson 6  レクチャー編

情報の再構築

 

これは以前に掲載した原稿に大幅に加筆して、新しくしました。この連載の後の「実践編」には、具体的な通訳練習の方法を新たに書いていきます。まずは「レクチャー編から」どうぞ。

日本人のための通訳レッスン (レクチャー編) Lesson 1

 

前回書いたように、シャドーイングという練習は語学の練習にはなっても、通訳訓練としては実質的な効果はあまりない、という趣旨のことを理由を添えて書きました。もう一度重要な箇所を引用します。

 

聞こえてくる英語音声の影(シャドウ)をほぼ同時にその後を追わせる、いわば「影追い」練習は、瞬時に発話をオウム返し (parroting) しているに過ぎません。「聞く行為」と「思考する行為」がシンクロナイズしていないことが大方です。

実際の同時通訳という作業には、「情報の再構築 (re-organization)が必ず伴います。つまり「聞き取った情報を頭の中で瞬時に組み立てなおして、別の言語で再表現する」という作業が必要です。そのためには集中度のきわめて高い「思考力」が必要になるのです。

 

今回は、「情報の再構築」について考えてみます。これは、繰り返しになりますが、上に述べたように、情報を頭の中で再構築 (=整理)して、別の言語で表現することをいいます。このプロセスを正しく行うためには、何といっても頭に入れた情報を瞬時に理解する必要があります。

 

英日の通訳訓練では、とにかく英語の情報をすばやく理解できる「情報の処理能力 (information-processing ability)」を高める努力が大切です。私が通訳の訓練を始めてから今日まで続けてきた方法を紹介します。

 

この方法が自分にも合うと思われる方はぜひお試しください。

 

私の個人的な見解ですが、言語学的にうるさいことを言わなければ、耳を使って「音声情報」を処理するのも、目を使って「文字情報」を処理するのも、同じことだと思っています。もちろん、目のほうが耳よりも情報処理速度は速くなります。

 

例えば、NHK のニュース放送を聞いて、ニュース内容を理解するよりも、新聞で文字を読んで記事の内容を理解するほうが、当然速度は速くなります。訓練されたアナウンサーでも、教育を受けた日本人の成人が文字を読む速度でニュースを読み上げることはありません。読むニュース内容に知識があれば、読む速度はさらに速くなります。英語においても、ある程度同様のことがいえます。もっとも、英語圏のアナウンサーたちは日本人のアナウンサーよりも早口です。

 

私は、特殊な訓練のいる本格的な速読を勧めているわけではありません。ましてや、いい加減な「飛ばし読み」は禁物です。自分の読書経験を言えば、アメリカの大学や大学院で勉強していたときは、授業の読書課題に取り組み、ペーパーを書くには指定された複数の本をかなり速く読む必要がありました。そうでければペーパーの締め切りに間に合わないからです。自分でいろいろ試行錯誤しながら、なんとか毎回の課題の提出に支障をきたさない速度では英文を読めるようになりました。

 

これは大学時代に得た大きな収穫だったと言えます。おかげで、プロの通訳者となった時、机の上に積みあがる通訳資料の山を読みこなすのに大いに役に立ったからです。資料だけではなく、専門会議の通訳をするときは、何冊も関連する専門書を日英両語で速読する必要があります。速読力は自然には身につきません。意識的な努力と習慣が要ります。これは意識的に早く歩こうとしないと、早く歩を進めることができないのと同じです。

 

速読については以前、別のブログで書いていますので参考にしてください 。

「悩める」企業通訳者のための通訳レッスン Lesson 4

 

本を読みながら必要な情報をどんどんノートに整理して、まとめていきます。むずかしい専門会議の準備をすると6〜7冊くらいのノートが出来上がります。しかし幸い私はこういう作業が好きなので、ほとんど苦になりません。本を読むのは好きだし、書くのも好きだし、学んだことを人に教えるのも好きです。(通訳とは自分がこうして学んだことを人様に伝達するのに似ているところがあります)

 

こんなことができるから偉いわけでもなんでもありませんが、ただ通訳を職業にしていこうと思えば、やはり「勉強好き」、「調べもの好き」であることは大きなプラスになると思います

 

逆に言えば、こういう作業が嫌いな人は通訳、とりわけ会議通訳者には向きませんし、「口先通訳者」にしかなれません。シャドーイングの音が「影」ならば、本の中身は「実」です。実 (substance)を積みあげることは、ひいては substantive knowledge (実のある知識)の集積になります。通訳では「知識の集積」が後でしっかり物を言います

 

大学で通訳演習授業を担当していた時もそうでしたが、今の受講生の中にも意外と毎日(ほとんど)新聞を読まない人がいるのには驚きます。通訳という仕事をする者にとっては、新聞を毎日読むことは必須です。

 

私は個人的には、本も新聞もデジタル化を進めていますので、本はKindleの電子書籍、新聞は朝日新聞デジタル版をiPhoneとiPadで読んでいます。出張で移動が多い方にはお勧めです。電子リーダーはKindle (Oasis) を使っていますが、今437冊の英日語の本が入っています。Kindleは優れモノで、とりわけ目にやさしいのが私にはうれしい。

 

私のKindle の中の新聞と雑誌

 

Kindleではthe Washington Postを購読してほとんどの記事に目を通しています。通訳の練習の面で言いますと、毎日せめて1時間はきちんと英語の新聞を読む習慣をつけることは大変大事です。

 

The Washington Post ですと、1500~2000語前後の記事が多いので、読む速度が遅いと1記事を読み終えるのに時間がかかることになりますが、最初は主要な記事をいくつか粘り強く読み通してください。ただし、本格的に通訳者をめざされている方は、the Washington Post や the New York Times など読み応えのある新聞を購読して毎日、できるだけ多くの記事を読むべきです。(イギリスのThe Guardian紙も大変いい新聞です)

 

The Washington Post Kindle 版

 

その際、あまり「単語」に執着しないのがコツです。見知らぬ単語を見るたびに辞書で調べていたのでは、肝心の「内容」が記憶に残りにくくなります。雑念を払い、内容を理解することに集中します。

 

新聞の記事も、報道記者のレポートも「伝える」ことを目的としています。従って、読み手や聞き手に理解しやすい伝達を心がけています。ですから、理解しやすいという点で、練習用マテリアルには適しているのです。

 

ひとつの英語記事を読み終えれば、あるいはストリーミングの英語ニュースなどで英語の報道を聞き終えれば、手間をかけて、その内容をノートに日本語で「要約」してみるといいでしょう。日本語で要約できない、あるいは日本語に置き換えられないということは、多くの箇所を適当にごまかして読んでいた、聞いていたことに気づくでしょう。最初はむずかしく構えず、英語で読んだ・聞いた内容を日本語で「まとめる」くらいの気持ちでやってみればいいと思います。

 

とにかく、ひと「手間」かけないと上達はしません。根気よく続ければ「習慣」になり、習慣ができれば、おのずとその作業が苦ではなくなります。そこまで続けられる力を「才能」と呼べるのではないでしょうか。

 

またもうひとつ、私は英語の新聞記事を読んだり、ストリーミングの報道を聴きながら、実際に声に出すわけではなく、頭の中で同時通訳 (mental interpretation)をすることがあります。これはちょっとしたストレッチのような運動です。Mind-stretching (頭のストレッチ)と呼んでいます。声には出さないわけですから、デジタル記事を使えば、スマートフォンがあればどこでも練習できます。「よし、同時通訳するぞ」という意識を持てば、さらに集中力が高まります。このストレッチを繰り返していると、本番の同時通訳でも柔軟に対応できるという自信が持てます。もちろん、同時通訳なんてまだできないと言う方はおられるでしょうから、それならその代わりに、頭の中で瞬時に「要約」していくといいでしょう

 

最近、私が実際にやった同時通訳を聴いてみてください。BBCのモスクワ特派員の報道を同時通訳しています。普段の情報収集からほぼ特派員が何を言うかは察しがついていますし、女性特派員の英語は多少早口ですが、通訳する私に「情報」がある限り、速度は問題ではありません。これは普段の mind-stretching の効果です。

 

Audio ink: https://drive.google.com/file/d/1F_07THR49RLXHvChTMtxVAYcjjugiCwP/view?usp=sharing

(音声を聞くには Google Drive が必要です)

 

論より証拠で、上の音声を聴いてもらえば、先に書いた「同時通訳という作業には、「情報の再構築 (re-organization)が必ず伴う。つまり「聞き取った情報を頭の中で瞬時に組み立てなおして、別の言語で再表現する」と言う意味がお分かりになると思います。

 

私はスクールの受講生には自分の通訳をひとつのサンプルとして聞かせることにしています。ほとんどの受講生は、実際にプロ通訳者の通訳を聞く機会はないのが普通だからです。そこから良い点も悪い点も学んでもらいたいのです。

 

私は齢(よわい) 60を超えてしまいました。最近では通訳の教授者で私よりも年齢が上という人はほとんどいません。この記事をお読みの方で、若い通訳の教授者がいらっしゃれば、ぜひ学生さんたちに実際のご自分の通訳を聞かせてあげてください。それはピアノの先生がレッスンを受けている人のために、演奏して聞かせるのと同じくらい意味のあることだと私は思っています

 

また、今どこかで通訳の勉強をされている方は、ぜひ習っている先生の通訳をお聞きになるといいでしょう。リクエストされてみてはいかがですか。

 

さて、次回は通訳訓練における「語彙の増強」の仕方ついて書きます。(つづく)

- Jay Hirota

 

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